
守銭奴と思われている友人と久しぶりに会いました。
彼は、サラリーマンなのですが副業をずっと行っており、お金の為ならば周りも考えずに自分の考えを周りに押し付ける行動をとります。
彼曰く人生もお金を効率的に使い無駄が無いと言います。
つまり彼の中でお金が物事を判断する全てで自らも大好きなんだと公言している面白い人です。
そんな彼が副業の不動産投資をするためのリフォームで体を壊し動けなくなりました。
お金を増やす手段に活動できなくなった彼は、その時間を利用して国家試験に挑戦し見事に合格しました。
合格後に会うと彼が「年を取ると体も壊れてくるし道具も古くなるとダメになる。我々もいつか壊れて動かなくなる」と言い出しました。
彼は、リフォーム作業で器用貧乏な人に物事を頼み、安価で作業が出来、それを見ている自分も覚えるからメリットが多大だと公言し作業が終わるとお手伝い頂いた方に出来ることが有るのだからそれを商売にすればいいともシンプルに言い出します。でもその方々は、親切心で手伝ってくれていて、前職で仕事として行っていた事を再現してくれて役に立ちたいだけなのです。彼らは、色々なことが有っていま、他の仕事を行っていると思いますが・・・こうしてお金儲けができると他人に言うことが親切だと
言います。
そんな彼は、私から見ると努力をしているのです。
身体が壊れれば勉強をしだして挑戦し体が動けば作業を始めてまた作品(リフォーム)を作り出し・・
そう彼なりに自分のできる事を努力していると思いました。
すると彼に運が廻って来るのです。話を聞いていてそう思いました。皆さんが聞いて努力とか運がいいとか思わないかもしれませんが私は、彼の話を聞いていてそう感じます。
つまり神様がいてみんなを見ているのでないか??と。。
どんな状況でも諦めずに与えられたことに努力(この努力がなんなのかと思いますが)しているとやはり何かしらの道が開けるのでないかと改めて彼と会ってそう思ったのです。
目の前の不平不満や自らを他人と比べて評価したり、自分の気持ちを満足させることばかり考えたりするのではなく
人生は、与えられたものを喜べないと次の展開が無い事を教えてくれます。
